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昨日の文章の書き直し:暗い気分のとき

 時々、すごく死にたくなる。いつもは逆にすごく能天気で何も考えていないぐらいなのに。
 最近は、ずっとネット漬け。というかニコニコ動画で好きな動画ばかりみている。続きものの動画を見ていると、先の話を見ることが、他の何より重要に思えてくる。多分、アルコール中毒・・・依存症の人もそうなんだろう。自分の場合、依存の対象は、主に動画という映像で、化学的な影響が何も無いのが大きく違うところだけど。
 僕は、逃げている。『星の王子様』に出てきた酔っ払いの星の酔っ払いのように、酔うことが恥ずかしいからそれを忘れるために酔っているんだ。更に、自分が恥ずかしいことを自覚して自分が傷つくことへの恐怖と、禁断症状への恐怖をも無くして忘れるために酔っているんだ。
 最優先事項を、動画などの趣味にして、趣味に耽って今抱えている悩みから逃げるのは、今に始まったことではないけど、就職に躓いて自分の能力と現実との間にギャップを感じてからより酷くなった気がする。
それ以前に、働くことや勉強すること――義務からの逃避が、誰もがやりたいと口に出しながら、誰も出来ないこと、憧れの行為ではないか、逃避への憧れを無くすことは、誰にも出来ず、それから逃げることは誰にも出来ないのではないかと考え始めてしまったことが原因か。
永久に、夏休みを過ごしたかった。ただただひたすらに楽に行きたかった。苦痛からも開放されたいが、何より、温泉につかったり、布団の上に寝転がったときに得られるような、そんな快楽を常に手に入れたかった。いわゆる”ハイ”になりたかった。不安や恐怖を無くし、永久に脳内物質に浸かっていたかった。
 だが、そんなことが上手くいくわけはなかった。逃避は新たな恐怖を生み、どんな快楽にも飽きは来た。他人の作った物語の中の優しさは心を潤わせ、癒してくれたが、本当に満たしてはくれなかった。
 本当に心を満たすものなどないのかもしれない。恋人も、不倫も、趣味も、趣味仲間も、妻も、家も、犬も、馬も、家族も、弟子や子供や、信奉者も、地位や人気や名誉も、誰もが恋人や母親に求めるような安らぎや居場所や快楽をもたらしてはくれないのかもしれない。
 それでも、私は快楽が欲しい。愛されているという実感が欲しい。自分が自分を愛するように、自分が自分の感じる美しいものを愛でるように、自分が誰かに時折感じるように、自分が愛するように愛されたい。誰かを、あるいは何かを愛しているときの幸福から抜け出したくない。
 そして、愛されたまま死にたい。変化なんてごめんだ。愛されたまま自分の時間をフリーズさせたい。痛いのも苦しいのも避けたいし、他人に迷惑はかけたくないけど・・・。

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