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最近の状況

 ようやく、週一回の面接ペースから抜け出し、一日に二回は面接出来るようになった。
けれど、事前準備の方はダメダメだ。
疲れると、すぐぼーっとしてしまう。運動したりお風呂に入ったりして疲労物質を排出する習慣もつけないと。原因としては、まだまだニコ動に熱中するなどして、就寝時間が安定しないために疲れやすいこともあるのだろう。

 求人に応募するたびに、まず年齢を聞かれる。答える25歳という年齢に対して、実際の自分がかけ離れていることを答えるたびに感じる。
ほとんど何も経験してこなかったこと、さらに自分の殻を破ろうとせず、他人から評価されるようなものを何も身につけてこなかったこと、自分とも他人とも本当に向き合ったことがまず無いことを痛感してひたすら後悔に駆られる。
だが、世間的には、十分に若い年齢なのだろう。自分より、他人への思いやりも社会経験も忍耐や能力も上だろう50代のオジサンが年齢を告げただけで門前払いされるところを想像して、自分の年齢を答えるたびに余計に憂鬱になる。日本も将来そうなるかもしれない、完全な実力社会のフランスなどでは、状況は真逆だそうだが、それでも若さが絶対的なバロメータとして扱われるのは許容できそうに無い。人の心配などしている場合ではないのかもしれないが、元々自分は変わり者だ。もう少し変わっても問題ないだろう。そういう思考こそが、自分を社会、そして他人から切り離してしまうのかもしれないが・・・。
以下覚書 ・まずは積極性が身についた。次は、リズムを世間に合わせつつ、思考の速度も上げないと。
・何も考えずにまず行動するのが好きだ。その行動の瞬間だけは何も悩まず、考えずに済むからだ。
普段は、くよくよ思い悩むのが好きだ。悩んでいると、世間的なモノサシではなんでもない自分も、いっぱしの人間になったように思われるからだ。というより、自分で自分を誉めないと、人間関係の中で生きていない自分は、ストローク(コミュニケーションで得られる自己確認)が得られないからという理由の方が大きいかもしれない。
・最近自己評価が極端に上下する。前からそれはあったが、新しい世界へ挑戦しようと夢らしいものを持ち始めたからその特徴が顕著になってきたのかもしれない。欝のときは、いつもどおりというか、先々週と普段の自分のままだが、楽天的な時は、話に聞く躁状態を思わせる。全能感や安請け合いなど、新聞や本で見る成功者の態度や思考をなぞったことが、ある種の自信過剰的な行動をとる原因になったようだ。思えば、趣味に時間を注ぎ込んでも、スケジュールに影響は出ないと決め込んでいる時とこの心境は似ている。コールドリーディングの話のように、私にも普段では気づかない色んな側面があるということなのだろう。ペルソナ、接する人間やTPOによって出てくる様々な顔。これこそ私が自己分析という行為に感じていた拒絶感の原因。これまでは、その拒絶感に戸惑っていたがいつまでもそうするわけにはいかない。自分の様々な側面と付き合いつつ、他者と向き合っていかなければ。自己が多様であると確信しつつ、他人に分かりやすく仕事に都合が良い自己を売り込むという矛盾を抱えながら。
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